新約聖書
初代教会の歩み
初代教会は、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心でした。
教会は、自分自身の信仰の養いのため、また他の方々に福音を宣べ伝えるために、使徒の教えを学び続けていくのです。
一つ所に集まって礼拝を行うこと。共に賛美し、祈り合い、共に集まって礼拝を献げる。喜びを分かち合い、痛みを分かち合い、食べるものを分ち合い、信仰を分ち合うのです。
パン裂きとは、主の晩餐式だけではなく、みんなで共に食事をすることです。同じ釜の飯を食うことによって深まる交わりがあります。
他の人のために熱心に祈ること。それは、他の人が私のために熱心に祈っていてくれることを思い起こさせます。
初代教会の人たちの熱心な様子を見て、人々は彼らに好意を寄せ、救われる人々が日々仲間に加えられていったのです。
十字架の主
ペトロは聖霊を受けて、自分たちをあざけった人々の前で説教をします。このペトロの姿こそが、復活させられたことの証しなのです。イエス・キリストが復活したことを証しするだけではなく、復活したイエス・キリストと出会った私たちも、イエス様と一緒に復活させられたことを証言する。礼拝を通していただいた御言葉や讃美歌によって、新たな命の輝きをいただいて日々の生活の困難を乗り越えていく。これこそが復活の力なのです。
つまずいてもいい。倒れてもいい。今は立ち上がる力がなくても、私たちの信仰が無くならないように今も祈り続けてくださっておられる復活の主イエス・キリストに力をいただきながら、私たち自身が復活させられていく。その姿こそが、まさに復活の証人なのです。
老人は夢を見る
聖霊を受けた弟子たちは外国の言葉で福音を語り始めます。すると、その様子を見たまわりの人たちがあざけります。そこでペトロが、説教を始めます。神の霊がすべての人に注がれると、若者は幻を見、老人は夢を見るというのです。老人が見る夢というのはどのような夢なのでしょうか。
マルチン・ルーサー・キング牧師の「私には夢がある」という説教があります。黒人差別が横行していた時代に、やがていつか奴隷であった黒人の子どもたちとその主人であった白人の子どもたちが同じテーブルを囲んで食事をするという夢を語るのです。
自分が生きている間には決して見ることのできない光景。神様はそれを夢として見させてくださいます。老人が見る夢。私たちもその夢を神様から共に見させていただきたいと願います。
聖霊の働き
聖霊で満たされると、弟子たちは突然、他の国の言葉を話し出しました。外国語を簡単に習得できたのではありません。聖霊を受けた人々は、相手の国の人たちが分かる言葉で福音を語りだしたのです。みんなが同じ言葉を理解するのではなく、違う言葉で、相手の言葉、相手の歴史や地理的条件を踏まえながら、相手の文化や文明を尊重し、相手のものの考え方や常識の中で福音を語り始めた。これが、違いを大切にしてくださる聖霊なる神様の働きです。
相手のことを理解すること。英語でアンダースタンド。アンダーは下、スタンドは立つ。相手の下に立つことを、相手を理解するというのです。聖霊の働きは、こちら側の思いを相手に押し付けるのではなく、相手の考え方を聞き、相手の状況を考えながら、福音を語っていく。それが聖霊なる神様の働きなのです。
選ばれた人
イスカリオテのユダの代わりの候補として、二人の人が選ばれます。イエス様と3年半の宣教生活を共に歩んだ仲間だったからです。しかも、選ばれたマティアは多数決ではなく、くじを引いたのです。人間が選ぶと、損得勘定や利害関係が入ってきます。ところが神様の選びは、そのようなものとはまったく無縁のところで行われます。
私がこの神戸西教会の牧師として招聘された出来事も同じでした。神戸西教会のことをまったく知らず、神戸に縁があったわけでもなく、住んだこともない私たちを、この教会はただ一度の礼拝説教で招聘してくださいました。
神戸西教会が神様の思いを実現していくために、私たちは礼拝を第一とし、聖書を読み、祈りを献げ、神様の御心を正しく探りながら、共に信仰生活を送っていきたいと願います。
